大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成6年(ワ)4386号 判決 1995年11月30日

原告

新技術事業団

右代表者理事長

松平寛通

右訴訟代理人弁護士

内藤貞夫

被告

アサノ総業株式会社

右代表者代表取締役

寺井國男

右訴訟代理人弁護士

柴山譽之

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金一億二〇〇〇万円及びこれに対する平成五年一一月七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実

1  原告は、新技術事業団法に基づき政府が全額出資した資本金により設立された特殊法人であり、その主たる業務は新技術の開発を効率的に行うとともに、新技術の創製に資すると認められる基礎的研究を行い、かつこれらの開発及び基礎的研究の成果を普及するほか科学技術に関する試験研究に係る国際交流の促進を行うものである。被告は、各種鍛圧機械の製作修理及び販売等を主たる業務とする会社である。

なお、新技術事業団法第三〇条には以下の規定(以下「本件認可規定」という。)がある。

第一項 事業団は、企業等への委託により新技術の開発を実施しようとするときは、開発を実施しようとする新技術及び開発を委託しようとする企業等の選定並びに当該開発の規模の決定について、内閣総理大臣の認可を受けなければならない。これを変更しようとするときも、同様とする。

第二項 事業団は、新技術の開発の成果を企業に実施させようとするときは、当該成果を実施させる企業の選定について、内閣総理大臣の認可を受けなければならない。これを変更しようとするときも、同様とする。

2  原告は、被告からの申込みを受け、平成元年一一月一日、被告との間で、以下の内容を含む「型鋼高速切断装置」に関する新技術開発委託契約(以下「本件旧契約」という。)を締結した。

(1) 開発費の貸付限度額は原則として一億二〇〇〇万円とする。

(2) 被告の責に帰すべき理由により本開発が不可能になった場合、被告は受領した開発費を原告に返済するとともに、原告において生じた損害を賠償する。

(3) 被告が契約に違反した場合、原告は契約を解約し、被告は受領した開発費を原告に返済し、かつ原告において生じた損害を賠償する。

原告は、右契約に基づき平成元年一一月三〇日から同三年二月一三日までの間六回にわたり合計一億二〇〇〇万円を被告に支払った(以下「本件貸付」という。)。

3  被告は、平成三年二月二二日に二回目の手形不渡処分を受け、事実上倒産した。

4  原告、被告及びアサノマシン株式会社(以下「アサノマシン」という。)は、平成三年六月一三日、本件旧契約について以下の内容の契約(以下「本件新契約」という。)を締結した。

(1) アサノマシンは、本件旧契約等に基づく被告の権利・義務及び本件旧契約等に掲げる特許等の被告の持ち分を承継するものとし、原告及び被告はこれに同意する。

(2) 被告は、本件旧契約等に基づく取得物件並びに本開発に係る設計書、図面等をアサノマシンに引き渡すものとする。

(3) 本件旧契約第七条(帳簿書類の整備)、第八条(帳簿書類の検査等)、第二六条(秘密保持)については、被告に対してもなお、その効力を存続するものとする。

5  原告は、平成五年一一月六日、被告に対して、本件旧契約に基づく開発の実施が不可能に至ったこと及び本件旧契約を解除すること(以下「本件解除」という。)を通告した。

二  被告の主張

本件新契約により、本件旧契約による被告の権利、義務はアサノマシンが承継したものであり、被告は、基本的に本件旧契約による原告との契約関係から脱したものであるから、原告による本件解除及び被告に対する本件貸付金の返還請求は失当である。

三  原告の反論

1  本件新契約により、本件旧契約上の義務を被告が免れることはできない。

2  原告が締結する開発委託契約及び承継契約等はすべて新技術事業団法に基づき行われるものであるから、契約成立要件として内閣総理大臣の認可を条件とするものであるところ、アサノマシンは、本件新契約成立の要件である右認可を得るための手続を行わず、結局平成五年九月二〇日付の書面で本件新契約の実施は困難である旨を通告し、右契約の不成立を明らかにする意思を表示した。結局、右認可が得られない限り、本件新契約は無効であり、本件旧契約は未だ存続している。

3  本件解除について、被告は異議無くこれを了承したものであり、本件貸付金の返還についても、相当期間の猶予を求めつつもその返済義務を否認したことはない。

四  争点

1  本件新契約の性格

2  本件新契約と本件認可規定の関係

3  被告による本件貸付金返済合意の存否

第三  争点に対する判断

一  争点1(本件新契約の性格)について

本件新契約(乙一)の条項に照らせば、同契約は、その第三条において、本件旧契約第七条(帳簿書類の整備)、第八条(帳簿書類の検査等)、第二六条(秘密保持)については、被告に対してもなおその効力を存続するものとする旨をあえて明言しているのであるから、本件旧契約等に基づく被告の権利・義務等は全てアサノマシンに承継させる旨の第一条の規定を解釈するに際しては、被告は、右第三条規定部分を除いて、本件旧契約に基づく権利義務を全て放棄し、又は免除されたものと解するのが自然であり、また相当である。そして、他に、被告において、従前の開発の成果をすべて無償でアサノマシンに引き渡しながら(第二条)、本件旧契約上の義務だけを引き続き負担し続けることを合意したと認めるに足りる証拠は存在しない。

よって、本件新契約により本件旧契約上の義務を被告が免れることはできないとする原告の主張は失当である。

二  争点2(本件新契約と本件認可規定の関係)について

新技術事業団法に基づく新技術の開発は、一般的にいえば、その内容自体は通常の一般企業等が行う技術開発及びそのための資金提供と性質を異にするわけではなく、ただ、資金の提供元である主体が特殊法人であり、新技術の公共性の観点に照らし公的資金が投入されることから公的認可を要求しているものと解するのが法の趣旨に合致すると考えられる。そのような意味から、新技術事業団法第三〇条の本件認可規定も、あくまで原告が内閣総理大臣の認可を受けなければならないものと定め、認可を受ける義務を負担するのは、資金の提供を受ける開発主体ではなく、資金を提供する原告であることを明示していると考えられる。そして、こうした観点から、同法第四九条は、認可を受けなければならない場合においてその認可を受けなかった原告の役員又は職員を過料に処する旨規定していると解される。

ところで、特許企業の運賃等の認可や保険約款の認可等、一般大衆が潜在的当事者となり得る場合にその利害関係の調整を事前に包括的に図ることが必要とされる事例はさておき、一般的に認可を個別当事者間の契約の効力発生要件と解すべき事例としては、当事者間の私的自治に委ねては、当事者以外の公共の利害、福祉に反する恐れがあるために、行政庁の介入を必要とせざるを得ない場合等が考えるところ、前述のとおり本件のような新技術の開発委託契約は、それ自体が当事者以外の公共の利害、福祉に反する恐れがある行為とは解しがたいものであり、原告が指摘する農地法上の認可(第三条)や宗教団体法上の認可(第一〇条)等とはまさに事案を異にするものといわざるを得ない。

以上を前提にすれば、本件認可規定はあくまで原告の責任を明確にするための内部規定であり、認可を欠いて原告において締結した開発委託契約等の私法的効力がそれにより影響されると解することは、相手方当事者の法的地位を不当に不安定にすることとなり、相当ではない。

なお、原告は、本件新契約締結に際して認可が必要であることは当然被告も認識していたと主張するが、本来認可を取得するのが原告の責任であることは前記認定のとおりであり、本件旧、新各契約書等に認可取得を条件として契約を締結する等の記載が何ら存在しない本件において、被告が契約締結に際して認可が得られておらず、右認可の事後的取得が契約発効の条件とされている旨を認識していたと認めることは到底できないから、原告の主張はこの点でも失当である〔むしろ、被告に交付された手引書(甲三)等によれば、申込者の立場に立てば、原告が正式な契約を締結する以上は、その段階までに当然認可が下りているものと推測するのが自然である。〕。

すると、いずれにしても本件は、事前に認可を受ける義務を負う原告において、右義務を果たすことなく新技術の開発に関する契約を締結しておきながら、事後相当期間経過後、最終的に認可を得られなかったとして、契約の効力を否定しようとする事案とも解され、このようなことは、公的機関である原告として著しく信義に反するものであり、この点からも原告の主張は到底認めがたい。

三  争点3(被告による本件貸付金返済合意の存在)について

原告は、被告は異議無く本件解除を了承したものであり、本件貸付金の返還についても相当期間の猶予を求めつつも、その返済義務を否認したことはない旨主張し、担当者らによるその旨の陳述書(甲一〇ないし一二)を提出するが、返済合意等を裏付ける客観的証拠は何ら存在せず、右合意等を否定する被告の言い分をも勘案すると、この点における原告の主張をたやすく受け入れることはできない。

なお、原告は、本件新技術の開発中止についてと題する平成五年一一月二日付の書面(甲九。本件新契約が条件付契約であり、条件不成就が確定したので、本件旧契約の継続が確定したところ、開発が続行される余地がないので、開発中止を決定したことを通知するとする。)に同月六日付で被告代表者が捺印したことをもって、被告が原告の主張を認めたものと主張するが、右書面の体裁に照らしても、「このコピーの正本を受領しました。」との文言の下に、被告代表者の捺印がなされているにすぎず、これにより右書面内容を異議無く承諾したものと解することはできない。

四  結論

以上によれば、いずれにしても原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官菅野雅之)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例